スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

1月, 2026の投稿を表示しています

鉄の街の蛇腹(じゃばら) ― 室蘭1951 ―

  鉄の街の蛇腹(じゃばら) ― 室蘭1951 ― 第一章:潮風とアコーディオン 昭和26年、早春の室蘭。 港から吹き付ける潮風には、まだ刺すような冷たさが残っていた。しかし駅前広場には、以前のような沈鬱な空気はもうない。「第一次北海道開発5カ年計画」が産声を上げ、資源開発と食糧増産という旗印のもと、鉄の街は再び巨大な槌音を響かせ始めていた1。 その喧騒のなか、広場の隅にある古びたベンチに、その男はいた。 男は白衣に身を包み、深く軍帽を被っていた。傍らには一本の松葉杖。失われた右足の付け根から先は、虚空を指している。彼の前には、使い古された木箱が置かれていた。そこには黒い墨で、こう記されている。 「台湾・高雄 第六〇一海軍航空隊」 男の指が、アコーディオンの鍵盤を叩く。蛇腹(じゃばら)が大きく開閉するたび、深い吐息のような、あるいは咽び泣くような旋律が室蘭の空に溶け出していった。かつて空を飛ぶことを夢見たであろう男は、今、冷たい地面に根を張り、この蛇腹の震えだけで命を繋いでいた。 第二章:胎内の記憶 五歳のハナにとって、その場所は「音の避難所」だった。 ハナが生まれたのは終戦の翌年、昭和21年のことだ。ハナ自身は、あの火の海となった室蘭空襲を直接は知らない。けれど、母は折に触れてその日のことを話してくれた。 「お前がお腹の中にいたとき、お母さんはあの大砲の音を聴きながら走ったんだよ。お前はね、お腹を蹴って、一緒に戦ってくれたんだよ」 母の話を聞くたび、ハナの小さな胸には、見たはずのない「燃える空」と「大地の震え」が、おぼろげな記憶として浮かび上がる。そして、駅前で響くアコーディオンの重苦しい低音を聴くと、決まってその「お腹の中にいたときの自分」が疼きだすのだった。 ハナは、男の前に置かれた木箱には目もくれなかった。そこには時折、復興の恩恵に預かった大人たちが小銭を投げ入れていく。けれどハナがじっと見つめるのは、男の顔だった。深く刻まれた眉間の皺、そして、どこか遠い海を見つめているような、光の届かない瞳。 「おじさんの音楽、お母さんのお話に似てる」 ハナは心の中でそう呟く。悲しいけれど、どこか温かく、そして逃げ出したくなるほど怖い。 第三章:言葉なき共鳴 ある日のこと。 街には航空路線の再開を願う人々の活気が溢れ、どこか浮き足立った空気が漂っていた2。だが、男...