鉄の街の蛇腹(じゃばら) ― 室蘭1951 ―
第一章:潮風とアコーディオン
昭和26年、早春の室蘭。
港から吹き付ける潮風には、まだ刺すような冷たさが残っていた。しかし駅前広場には、以前のような沈鬱な空気はもうない。「第一次北海道開発5カ年計画」が産声を上げ、資源開発と食糧増産という旗印のもと、鉄の街は再び巨大な槌音を響かせ始めていた1。
その喧騒のなか、広場の隅にある古びたベンチに、その男はいた。
男は白衣に身を包み、深く軍帽を被っていた。傍らには一本の松葉杖。失われた右足の付け根から先は、虚空を指している。彼の前には、使い古された木箱が置かれていた。そこには黒い墨で、こう記されている。
「台湾・高雄 第六〇一海軍航空隊」
男の指が、アコーディオンの鍵盤を叩く。蛇腹(じゃばら)が大きく開閉するたび、深い吐息のような、あるいは咽び泣くような旋律が室蘭の空に溶け出していった。かつて空を飛ぶことを夢見たであろう男は、今、冷たい地面に根を張り、この蛇腹の震えだけで命を繋いでいた。
第二章:胎内の記憶
五歳のハナにとって、その場所は「音の避難所」だった。
ハナが生まれたのは終戦の翌年、昭和21年のことだ。ハナ自身は、あの火の海となった室蘭空襲を直接は知らない。けれど、母は折に触れてその日のことを話してくれた。
「お前がお腹の中にいたとき、お母さんはあの大砲の音を聴きながら走ったんだよ。お前はね、お腹を蹴って、一緒に戦ってくれたんだよ」
母の話を聞くたび、ハナの小さな胸には、見たはずのない「燃える空」と「大地の震え」が、おぼろげな記憶として浮かび上がる。そして、駅前で響くアコーディオンの重苦しい低音を聴くと、決まってその「お腹の中にいたときの自分」が疼きだすのだった。
ハナは、男の前に置かれた木箱には目もくれなかった。そこには時折、復興の恩恵に預かった大人たちが小銭を投げ入れていく。けれどハナがじっと見つめるのは、男の顔だった。深く刻まれた眉間の皺、そして、どこか遠い海を見つめているような、光の届かない瞳。
「おじさんの音楽、お母さんのお話に似てる」
ハナは心の中でそう呟く。悲しいけれど、どこか温かく、そして逃げ出したくなるほど怖い。
第三章:言葉なき共鳴
ある日のこと。
街には航空路線の再開を願う人々の活気が溢れ、どこか浮き足立った空気が漂っていた2。だが、男の奏でる曲は、そんな世間の歩調に合わせることを拒むように、ますます深く、重く沈んでいく。
ふと、アコーディオンの音が止まった。
ハナがいつものようにじっと見つめていると、男が顔を上げたのだ。軍帽の影から、男の鋭い、けれど湿り気を帯びた瞳がハナを射抜く。男は、自分を憐れむように小銭を投げる大人の視線には慣れていた。しかし、この小さな少女の瞳にあるのは、憐憫(れんびん)ではなかった。それは、同じ痛みを知る者同士が交わす「確認」のようなものだった。
男はハナに向かって、わずかに顎を引いた。そして再び蛇腹を広げ、今までとは違う曲を弾き始めた。
それは軍歌でも流行歌でもなかった。厳しい冬を越え、ようやく大地から芽吹く名もなき草花を祝福するような、祈りの旋律だった。
終章:響き続ける調べ
ハナはその後も毎日、その場所へ通った。
男の木箱の中にいくらお金が集まったか、ハナは最後まで知ることはなかった。五歳の彼女にとって、価値があるのは「いくらあるか」ではなく、その「音がどれだけ自分を震わせるか」だけだったからだ。
やがて室蘭に、石炭から石油への転換という新しい時代の足音が近づいてくる3。
街がどれほど姿を変えても、ハナの心には、あの駅前で聴いた蛇腹の呼吸が、確かな記憶として刻まれていた。戦争を知らない世代として生まれながら、戦火の傷跡を背負った男の音楽を聴き続けたハナ。
アコーディオンの音色は、鉄の街の潮風に乗り、過去から未来へと、静かに、けれど力強く響き続けていた。

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