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7月, 2024の投稿を表示しています

茨城疎開物語(純文学小説バージョン)

静かな夏の午後、東京・目黒の商店街に、かすかな風鈴の音が響いていた。1943年、昭和18年のこの日、7歳のタカシは、自分の生まれ育った街が、何か変わってきていることを感じていた。 タカシは、いつもより静かな商店街を歩きながら、ふと立ち止まった。 「タカシくん!」 振り返ると、幼なじみの健太が駆けてきた。 「健太くん、どうしたの?」タカシは首をかしげて尋ねた。 健太は息を切らせながら答えた。「タカシくんのお家、引っ越すって本当?」 タカシは少し悲しそうに頷いた。「うん...茨城のおばさんのお家に行くんだって」 「そっか...」健太の声には寂しさが混じっていた。「でも、また会えるよね?」 「うん、きっと帰ってくるよ」タカシは笑顔で答えた。 その時、母の声が聞こえてきた。 「タカシ、こっちよ。急いで」 タカシは健太に手を振った。「じゃあね、健太くん。元気でいてね」 「うん、タカシくんも元気でね」 二人は別れを惜しみながら、互いに手を振った。 --- 真壁駅に降り立ったタカシは、目の前に広がる田んぼや山々を見て、大きな目を丸くした。 「タカシ、ここが私たちの新しいお家よ」母の声に、タカシは我に返った。 玄関で彼らを出迎えたのは、タカシの親戚のおばさんだった。 「よく来ただねぇ。大変だっぺ」おばさんの優しい声に、タカシは少し緊張しながらも安心した。 「こんにちは、おばさん」タカシは小さく答えた。 「いらっしゃい、タカシ」おばさんは優しく微笑んだ。「さあ、中に入って。おせんべいもあっぺよ」 家に入ると、懐かしい畳の香りがした。 「タカシ、お布団はこっちよ」母が手招きした。「明日からは新しい生活の始まりだからね」 「うん...」タカシは少し不安そうに答えた。 おばさんが優しく声をかけた。「大丈夫だよ、タカシ。ここにはたくさんのお友達ができっぺよ」 タカシは小さく頷いた。「うん、がんばるよ」 --- 数日後、タカシは地元の子供たちと初めて遊ぶことになった。 「おめぇ、どっから来ただ?」地元の少年が声をかけてきた。 タカシは少し怯えながら答えた。「え、えっと...東京から来ました」 周りの子供たちが不思議そうな顔をした。 「東京?すげぇじゃん。でも、ここじゃそげな言葉使わねえぞ」年上の子が言った。 タカシは困った顔をした。「ごめんなさい...」 その日の夕方、家に帰ったタカシはおばさ

ミエの夢と情熱 ―弁論に燃える少女の物語―(純文学小説バージョン)

戦後間もない昭和24年の春、大和市の小さな中学校に、ひと際情熱的な少女ミエがいました。桜の花びらが舞う校庭を颯爽と歩くミエの瞳は、いつも遠くを見つめていました。 「ねえ、ミエちゃん。また姉さんの弁論のこと考えてるの?」 友人の美香が声をかけました。 ミエは少し照れくさそうに微笑んで答えました。 「うん、そうなの。姉さんの言葉って、本当に人の心を動かすんだ」 「へえ、すごいね。どんなこと言うの?」 ミエは姉・ユキの言葉を思い出しながら語り始めました。 「姉さんはね、こう言うの。『弁論とは言葉の力を存分に発揮する舞台なのです。相手の心を掴み、説得力のある話し方ができれば、自分の想いを効果的に伝えられるのですよ』って」 「わあ、格好いい!」 美香は目を輝かせました。 しかし、現実は厳しいものでした。ミエの通う中学校には弁論部がなかったのです。 「先生、お願いします!弁論部を作らせてください!」 ミエは放課後、職員室を訪ねては熱心に訴えかけました。 担任の山田先生は困ったような表情で答えました。 「ミエさん、気持ちはわかるけど、予算も顧問の先生も見つからないんだよ」 「でも、私たちが頑張ります!経費もかからないように工夫します!」 幾度もの交渉を経て、ついにミエの情熱と努力が実を結び、中学校に弁論部が立ち上げられたのです。 「やったね、ミエ!」 友人たちが喜びの声を上げました。 「みんな、ありがとう。これからが本当のスタートだよ」 ミエは決意を新たにしました。 資金も設備もない状況の中、ミエは仲間たちと共に熱心に練習に明け暮れました。 「もっと大きな声で!」 「そう、そこは相手の目を見て!」 ミエは仲間たちにアドバイスしながら、自身も懸命に練習を重ねていきました。 休日、姉のユキが指導に来てくれました。 「ミエ、原稿の内容はいいわ。でも、もっと抑揚をつけて話すといいわね」 「わかった、姉さん。こんな感じかな?」 ミエは姉のアドバイスを即座に実践しようとしました。 「そうそう、その調子よ。あとは...」 やがて、神奈川県主催の弁論大会のチャンスが巡ってきました。 「緊張するなあ...」 友人の健太が呟きました。 ミエは深呼吸をして答えました。 「大丈夫、みんなで頑張ってきたんだから。自信を持とう!」 本番当日、ミエは堂々とマイクの前に立ちました。 「私たち若者には、未来を変え