戦後間もない昭和24年の春、大和市の小さな中学校に、ひと際情熱的な少女ミエがいました。桜の花びらが舞う校庭を颯爽と歩くミエの瞳は、いつも遠くを見つめていました。
「ねえ、ミエちゃん。また姉さんの弁論のこと考えてるの?」
友人の美香が声をかけました。
ミエは少し照れくさそうに微笑んで答えました。
「うん、そうなの。姉さんの言葉って、本当に人の心を動かすんだ」
「へえ、すごいね。どんなこと言うの?」
ミエは姉・ユキの言葉を思い出しながら語り始めました。
「姉さんはね、こう言うの。『弁論とは言葉の力を存分に発揮する舞台なのです。相手の心を掴み、説得力のある話し方ができれば、自分の想いを効果的に伝えられるのですよ』って」
「わあ、格好いい!」
美香は目を輝かせました。
しかし、現実は厳しいものでした。ミエの通う中学校には弁論部がなかったのです。
「先生、お願いします!弁論部を作らせてください!」
ミエは放課後、職員室を訪ねては熱心に訴えかけました。
担任の山田先生は困ったような表情で答えました。
「ミエさん、気持ちはわかるけど、予算も顧問の先生も見つからないんだよ」
「でも、私たちが頑張ります!経費もかからないように工夫します!」
幾度もの交渉を経て、ついにミエの情熱と努力が実を結び、中学校に弁論部が立ち上げられたのです。
「やったね、ミエ!」
友人たちが喜びの声を上げました。
「みんな、ありがとう。これからが本当のスタートだよ」
ミエは決意を新たにしました。
資金も設備もない状況の中、ミエは仲間たちと共に熱心に練習に明け暮れました。
「もっと大きな声で!」
「そう、そこは相手の目を見て!」
ミエは仲間たちにアドバイスしながら、自身も懸命に練習を重ねていきました。
休日、姉のユキが指導に来てくれました。
「ミエ、原稿の内容はいいわ。でも、もっと抑揚をつけて話すといいわね」
「わかった、姉さん。こんな感じかな?」
ミエは姉のアドバイスを即座に実践しようとしました。
「そうそう、その調子よ。あとは...」
やがて、神奈川県主催の弁論大会のチャンスが巡ってきました。
「緊張するなあ...」
友人の健太が呟きました。
ミエは深呼吸をして答えました。
「大丈夫、みんなで頑張ってきたんだから。自信を持とう!」
本番当日、ミエは堂々とマイクの前に立ちました。
「私たち若者には、未来を変える力があります...」
ミエの言葉一つ一つにエネルギーが込められ、聴衆の心を力強く掴んでいったのです。
見事3位入賞を果たしたミエは、仲間たちと共に喜びを分かち合いました。
「ミエ、すごかったよ!」
「感動したよ!」
友人たちが駆け寄ってきました。
ミエは涙ぐみながら答えました。
「みんなのおかげだよ。これからも頑張ろうね」
その後、ミエは高校、大学と進み、数々の弁論大会で活躍しました。しかし卒業を機に、ミエの人生は新たな方向へと舵を切ることになります。
「ミエ、結婚おめでとう」
姉のユキが祝福の言葉をかけました。
「ありがとう、姉さん。弁論で学んだことを、これからの人生にも活かしていきたいの」
「そうね、言葉の力は日常生活でも大切だものね」
結婚し、主婦となったミエは、弁論の舞台から身を引くことになりました。しかし、日々の生活の中で言葉の力を活かしていきました。
「奥さん、いつも近所のことに気を遣ってくれてありがとうね」
隣家の高橋さんが声をかけてきました。
ミエは笑顔で答えます。
「いえいえ、お互い様です。みんなで協力し合えば、もっと住みやすい町になりますものね」
ミエが大切にしていたのは、言葉の力と、それを活かす努力でした。弁論の舞台はなくなりましたが、日々の生活が新たな舞台となりました。
「ママ、どうしたら人と仲良くなれるの?」
娘のサクラが尋ねました。
ミエは優しく答えます。
「相手の気持ちを考えて、丁寧な言葉で話すことが大切よ。ママが教えてあげるね」
そして、家庭や地域の中で、ミエは確かな言葉の力を発揮し続けていったのです。季節が移り変わる中、ミエの心に刻まれた弁論への情熱は、いつまでも輝き続けていたのでした。
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