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各駅停車の一人旅

 ご利用者様と「秋にしたいこと」というお話をしていたところ、

「旅行かなぁ」

とおっしゃられた方がおりました。

その話から、

「旅行は一人旅で、各駅停車の旅もいいよ」



との声も上がり、私も「確かに時間を気にせずに各駅停車で旅をするのが一番贅沢かもしれない。」

と納得しました。

ということで、皆様と「各駅停車の旅」を描いた小説を作り、読ませていただいたところ、とても共感を得ましたので、発表させていただきます。

皆様はこの小説のどこに共感しますか?

__________________________


各駅停車の物語


雨の降る東京駅のホームに立っていた。手には軽いリュックサックと文庫本一冊。スマートフォンの電源を切り、腕時計だけを頼りに旅に出ることにした。


上野、日暮里、そして東北本線へ。窓の外を流れる景色が、少しずつ都会の喧騒から離れていく。各駅に止まるたびに、新しい空気が車内に流れ込んでくる。急行や新幹線では味わえない贅沢だ。


「お客様にお知らせいたします。まもなく黒磯駅に到着いたします」


車内アナウンスの声が、どこか懐かしい。ここで乗り換えだ。ホームに降り立つと、夏の風が頬をなでる。待ち時間の三十分は、駅前の食堂でかつ丼を食べることにした。


「お客さん、旅行?」

店主の老婦人が声をかけてきた。

「ええ、奥入瀬に向かっています」

「まあ、遠いところね。でも各駅なら道中の景色がよく見えるでしょう」


かつ丼の出汁が染み込んだご飯を口に運びながら、老婦人の言葉を反芻する。確かに、新幹線なら三時間で青森まで行けるのに、わざわざ各駅停車で一日以上かけて行く選択をした。でも、それは決して無駄な時間ではない。


再び列車に揺られる。福島を過ぎ、仙台へ。車窓から見える田園風景が、刻一刻と変化していく。稲穂が風に揺れ、遠くには山々の稜線が連なる。時折、踏切で停車する度に、土地の匂いが車内に滲む。


夕暮れ時、一関駅で下車。駅前の温泉旅館に一泊することにした。湯船に浸かりながら、窓の外に広がる星空を眺める。都会では決して見られない光景だ。


翌朝、また旅は続く。八戸に向かう車内で、隣に座った老紳士と話が弾む。

「私も若い頃は、よく各駅停車で旅をしたものですよ」

「今は皆、急いで目的地に向かいますからね」

「そうそう。でもね、人生って案外、各駅停車みたいなものじゃないですかね」


その言葉が胸に染みた。確かに、人生に急行列車はない。一つ一つの駅で、様々な出会いや発見がある。それを丁寧に積み重ねていくことこそが、人生という旅なのかもしれない。


青森に着いたのは、旅の三日目の昼過ぎだった。バスに乗り換え、いよいよ奥入瀬へ。渓流の音が聞こえてきた時、不思議と目頭が熱くなった。


東京を出発してから約54時間。新幹線なら到着していた場所に、やっと辿り着いた。でも、この遅さこそが贈り物だったのだと気付く。急がないことで見えてきた景色、出会えた人々、感じられた空気。それらは全て、この旅の宝物になった。


渓流の せせらぎに耳を傾けながら、また新たな各駅停車の旅を思い描いていた。きっと、また違う景色が、違う出会いが、私を待っているはずだ。




(終)

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